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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)12834号 判決

原告

飯田正太郎

右訴訟代理人弁護士

田澤孝行

被告

ナショナルシューズ株式会社

右代表者代表取締役

伊沢一男

右訴訟代理人弁護士

根岸隆

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は、原告に対し、金一四五五万六〇〇〇円及び平成二年二月以降毎月二五日限り金四八万五二〇〇円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  2につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、主として靴の販売を業とする会社である。

2  原告は、昭和四九年六月一日ころ、被告に雇用され、店長、専務付担当、仕入担当、商品部長を経て、営業部長となった。

3  被告は、原告を昭和六二年七月三〇日付けで懲戒解雇したと主張している。

4  原告は、右解雇当時、毎月二五日に当月一一日から翌月一〇日までの分として、月額四八万五二〇〇円の給与の支給を受けていたから、被告に対し、右と同額の賃金請求権を有する。

5  よって、原告は、被告に対し、原告が雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、昭和六二年八月分から平成二年一月分までの合計一四五五万六〇〇〇円及び同年二月以降毎月二五日限り金四八万五二〇〇円の賃金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4のうち、原告が月額四八万五二〇〇円の賃金請求権を有するとの主張は争い、その余の事実は認める。ただし、原告の給与には住宅手当一万六〇〇〇円が含まれていたが、右手当は住宅取得後五年間のみ支給されるものであり、昭和六二年一一月から住宅手当は支給されない規定となっている。

三  抗弁

1  被告は、現在東京都内外に約三〇の小売店舗を有する靴類及び鞄類の小売販売業者であるが、その組織は、管理部門、店舗運営部門及び仕入部門の三部門に分かれており、そのうち仕入部門の権限は、新規取引先の開発、取引先の選定、商品の選定・仕入、商品の開発のほか、商品売価の決定、仕入金額のコントロール、商品売価の値下げ率決定、在庫管理等極めて大きい。原告は、昭和四九年一〇月に商品部に配属されて以来仕入部門を担当してきており、昭和五三年一一月商品部長代理、昭和五五年二月商品部長(昭和六二年組織変更により営業部長と呼称が変更された。)となった。

2  被告は、昭和六二年七月三〇日付けで原告を懲戒解雇した(以下「本件解雇」という。)。

3  本件解雇の事由は、以下のとおりである。

(一) 被告の就業規則によれば、会社の承認を得ないで在職中に他企業へ就職したとき(三九条五号)、同規則三八条の行為を同時に二つ以上該当したとき(三九条六号)、業務に関連し私利をはかりまたは不当に金品その他を収受するなどの行為があったとき(三九条九号)、あるいは右各号に準ずる程度の不都合な行為があったとき(三九条一二号)には、被告は従業員を懲戒解雇することができると規定されている。

(二)(1) 原告は、昭和五四年一一月ころから、被告の館山支店店長であった訴外西村典男(以下「西村」という。)に対し、被告の社長以下の悪口、雑言を吹き込み、原告が密かに計画していた靴類小売店への協力と被告を退職することを執拗に求めた。

(2) 原告は、西村が昭和五四年末被告を退職するや、同人を店長として雇い入れ、昭和五五年三月、靴小売店「ぺぺ」を開店し、これを経営した。

(3) 原告は、当時商品部長の地位にあったが、右ぺぺの経営に際しては、被告の仕入先であるマルニから手形を借り受け、同じく被告の仕入先である訴外ビバシューズ株式会社(以下「ビバシューズ」という。)及び同矢嶋から靴商品を借り入れて行っており、これは原告が前記地位を濫用して行ったものである。また、右ぺぺの仕入は、原告が商品部長の立場を利用し、被告の仕入先から出張の機会を利用して行った。原告は、ぺぺ閉店時の残商品を被告が仕入れるとの約束の下にビバシューズに引き取らせることを画策した。これは、売れ残りの不良商品を被告に買い取らせ、原告の損害を避けようとする卑劣な行為であって、商品部長としての権限の濫用の典型例である。

(三)(1) 原告は、昭和五五年九月ころ、訴外山田政光らと共同して、靴小売店有限会社「赤い風船」を設立し、原告の主導のもとに右店舗を経営したが、昭和六三年八月右会社は解散した。

(2) 原告は、同人の部下である訴外吉田幸次らにも働きかけて、各一〇〇万円を出資させ、また、被告の社員である訴外山田、大滝の退職に協力した。

(3) また、原告は、同店の仕入れにつき、3(二)と同様被告の取引先から出張の機会を利用して行っていた。

(四)(1) 原告は、被告の最大の仕入先であるビバシューズに対し、被告の高額の仕入に関して原告へのリベート(裏金)の支払を要求し、同社から、昭和五六年七月ころから約七か月間毎月一五万円のリベートを受け取った。

(2) 原告は、昭和五八年秋ころ靴類卸売問屋を開業した訴外高瀬靖史に対し、その開業後まもなく、自己の紹介する靴メーカーと取引をすればその商品を被告が仕入れると申し出て、原告へのリベートを要求した。また、原告は、訴外三栄シューズに対しても、昭和六一年、同様に申し出てその地位を濫用しリベートを要求した。すなわち、被告が直接メーカーと取引をすれば足りるのに、間に右二名を介して同人らに利益を得させ、その一部を原告が取得しようとするものである。

(五) 原告は、昭和六二年初めころから、被告から独立し靴小売店を経営することを計画し、同年五月ころ被告水穂台店長訴外金田に退職を唆し、他にも被告の社員四、五人に退職を勧誘し、また、同年七月初めには、被告総務部長訴外大山昭に対し、社内の者四、五人と小売店を始めるので良い店舗物件を紹介して欲しい旨申し入れ、右大山に職権濫用を依頼した。

(六) 原告は、昭和六一年春ころ、原告に服従しない社員につき、事実無根の中傷を被告の幹部に行った。

(1) 原告は、訴外海上店長が取引先から接待を受けている旨中傷した。

(2) 原告は、総務課長訴外日向寺龍児が旅行会社からリベートを受け取っており、また、部下の女性と不倫関係にあると中傷した。

(七) 原告の前記(二)の(1)の行為は就業規則三八条四号(職務上の権限を超えまたはこれを濫用して専断的な行為があったとき)、五号(喧嘩等職場の秩序を乱す行為があったとき)、六号(故意又は過失によって会社に損害を与えたとき)、八号(前各号に準ずる程度の不都合な行為があったとき)に該当し、同三九条六号、九号、一二号に、(二)の(2)は同条五号、一二号に、(二)の(3)は同条九号、一二号に、(三)の(1)は同条五号、九号、一二号に、(三)の(2)は同三八条四号、五号、六号に該当し、同三九条六号、一二号に、(三)の(3)は同条九号、一二号に、(四)の(1)及び(2)は同条九号、一二号に、(五)は同三八条四号、五号、六号、八号に該当し、同三九条六号、九号、一二号に、(六)は同三八条四号、五号、八号に該当するので、同三九条六号、一二号に、それぞれ該当する。したがって、本件解雇は、有効である。

なお、原告の前記各行為のうち本件解雇当時被告に判明していたのは、(二)のぺぺの経営、西村への働きかけ、被告の仕入先からの仕入れ、(四)のビバシューズ、高瀬、三栄シューズに対するリベートの要求、(五)及び(六)の各行為であるが、解雇当時使用者が認識していなかった事実又は解雇事由として告知しなかった事実を解雇事由として追加主張することが許されないとする理由はなく、被告は(二)ないし(六)の事由をもって本件解雇が有効であることを主張することができる。仮に、右のような主張制限があるとしても、認識又は告知された解雇事由と密接に関連した事由、一連の事実を成す事実、一体を成した同一類型の行為等は、解雇時に存在した場合には、これを解雇事由とすることができると解すべきであるところ、本件では、被告に判明していなかった事由があるが、いずれも右のような意味で解雇事由となる。

4  仮に、本件解雇当時前記3の(二)ないし(六)の行為のうち被告に判明していた事実のみでは解雇事由として不十分であるとしても、被告は、原告に対し、平成元年五月一二日の本件口頭弁論期日において、改めて前記の事由を理由として原告を懲戒解雇する旨の意思表示をした。

原告は、昭和六二年一〇月一六日靴小売店を開店し、これを経営し、相当程度の収入があるから、本件解雇が無効であるとしても、原告の賃金債権から右収入を控除すべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。ただし、原告が商品部長代理になったのは昭和五三年二月、商品部長になったのは昭和五四年二月である。

2  同2の事実は認める。

3(一)  同3の(一)の事実は認める。

(二)(1)  同3の(二)(1)の事実は否認する。西村は当時被告の館山店長であったが、同人から原告が今の社長では将来心配であると言われ、これに相槌を打っただけであり、また、原告は西村に原告が将来店をやるときに手伝いをしないかと言ったにすぎない。

(2) 同(2)のうち、原告が靴小売店「ぺぺ」を開店し、西村を雇い入れたことは認め、その余の事実は否認する。原告は、ぺぺを昭和五五年五月開店し、同年一二月閉店したが、西村が同年一月被告を退職した後、仕事をしていなかったので同人を誘ったものである。

(3) 同(3)の事実は否認する。原告は、仕事の合間等に仕入をしていたが、それによって被告の業務に支障は生じていない。また、原告の行為が昭和六〇年ころ被告において問題とされたが、不問に付された。

(三)  同3の(三)(1)ないし(3)のうち、山田が赤い風船を昭和五五年秋ころから経営したこと及び吉田がこれに出資したことは認め、その余の事実はいずれも否認する。赤い風船は、山田が昭和五五年秋ころから経営したものであり、原告は出資をしたのみで経営には関与していない。

(四)(1)  同3の(四)(1)のうち、原告がビバシューズから昭和五六年一二月ころから七か月間毎月一五万円を受け取ったことは認め、その余の事実は否認する。右金員は、原告のデザイン、品揃え等の企画料として支払われたものである。

(2) 同(2)の事実は否認する。

(五)  同3の(五)の事実は否認する。原告は、大山に対し、社長とうまが合わない、辞めたい、良い店舗がないか、と愚痴をこぼしたにすぎない。

(六)  同3の(六)の事実は否認する。原告は、訴外プラニングクドウから、海上が夕方になると用がないのに来て、夜の酒をご馳走してくれといって来ると苦情を言われた。また、日向寺の件に関しては、原告は単に不平事を言ったにすぎない。

(七)  同3の(七)のうち、就業規則の定めが被告主張のとおりであることは認め、その余は争う。

4  同4は争う。

五  再抗弁(解雇権の濫用)

原告が靴店ぺぺを経営したのは、昭和五五年であり、原告は、その後忠実に職務を遂行しており、担当業務に何ら支障を生じさせたり、被告に対する忠実義務違反となるようなこともしなかったのであり、また、被告は本件解雇以前に少なくとも右経営の事実に関しうわさ程度として知っていたのであるから、昭和六二年七月になって右事由を唯一の理由としてなされた本件解雇は、解雇権を濫用したものである。

被告は、昭和六二年七月三〇日、予告もなくいきなり原告に解雇通知書を突き付け、その説明もなく、また、原告の言い分も聞かず原告を解雇したものである。原告はこれまで一度も懲戒処分を受けたことはなく、通常であれば、戒告や減給などの段階をふみ、それでも就業規則違反を繰り返すような場合に、懲戒解雇となるはずのものである。被告には刑罰法規に触れる行為をした者がおりながら懲戒解雇されたものはいない。

被告が原告を解雇した真の目的は、被告代表者の子訴外伊沢裕一郎を原告がその職務にあった商品部長に昇格することにあった。

以上のとおり、本件解雇は、解雇権を濫用したものであるから、無効である。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁のうち、被告が解雇の説明もせず、原告の言い分も聞かなかったとの点は否認する。当日被告の中村取締役が原告に解雇理由を説明し、原告に弁解の機会を与えた。本件解雇が解雇権を濫用したものであるとの主張は争う。原告のぺぺの経営が被告に判明したのは、本件解雇の直前であるから、たとえ右行為から数年経過していても、この時点で懲戒解雇ができなくなる理由はない。しかも、原告は、右行為後も同種の行為を繰り返している。したがって、本件解雇が解雇権を濫用したもので無効であるということはできない。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1及び2の事実並びに抗弁1(ただし、原告が商品部長代理、同部長になった時期の点を除く。)及び2の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁3(本件解雇の有効性)について判断する。

1  抗弁3の(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  懲戒解雇の場合、使用者が解雇当時認識していなかった事実を斟酌して、解雇の効力を判断することは、原則として許されないと解するのが相当である。これに反する被告の主張は採用することができない。

そして、被告の主張によれば、本件解雇当時被告が認識していたのは、原告がぺぺを経営し、西村を誘って雇い入れ、被告の仕入先から商品を仕入れていたこと、原告が被告の取引先にリベートを要求していたこと、原告が新たに靴小売店を開店しようと店舗物件の紹介を依頼したこと、原告が被告社員を中傷したことであるから、これらについて判断する。(なお、リベートの収受は、右要求行為と関連するものであるから、右収受をも本件解雇の事由として判断することができると解される。)

3  同3の(二)(ぺぺの経営等)について

(一)  原告が被告商品部長のとき靴小売店ぺぺを経営し、被告の元社員西村を雇い入れたことは、当事者間に争いがない。

(二)  証人西村典男の証言及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は、西村に対し、昭和五四年一一月か一二月ころから、原告が靴店をやるので店長をして欲しい旨申し入れ、昭和五五年五月ころ前記ぺぺを開店し、西村を店長として雇ったこと、ぺぺの仕入は被告の取引先から行ったが、原告もその仕入を担当したこと及び原告は同年一二月ころぺぺを閉店したことが認められ、右認定に反する証人西村典男の供述はにわかに信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  証人西村典男及び同嘉指三朗の各証言によれば、原告は、右ぺぺの経営に際し、被告の取引先のヤマニから手形を借り受け、仕入れに関し、被告の取引先から商品を借り入れるなどし、また、閉店するに際し、ビバシューズに商品を買い受けた値段で買取らせこれを被告が買い入れることとする旨ビバシューズに申し入れたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(四)  本件全証拠によっても、原告が西村に対し、同人を引き抜こうと故意に被告幹部の悪口、雑言を吹き込んだことを認めることはできない。

4  同3の(四)(リベートの要求等)について

(一)  原告がビバシューズから約七か月間毎月一五万円を受け取ったことは当事者間に争いがなく、証人嘉指三朗の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告が右金員を受取ったのが昭和五六年から昭和五七年にかけてであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  証人嘉指三朗の証言によれば、ビバシューズの代表取締役嘉指三朗は、原告から金がいるから都合をつけてくれとの申し入れを受け、被告がビバシューズの得意先であることからこれを断ると取り引きに影響があると考え、当時原告に支払う理由はなかったが、右金員を支払ったことが認められ、右認定に反し、右金員が企画料であるとする原告本人(第一回)の供述は、原告がビバシューズから右時期に金員の支払を受ける合理的理由が明らかでなく、また、金額が一か月一五万円と多額であること及び領収書が作成されていないこと(右事実は、証人嘉指三朗の証言及び原告本人尋問の結果(第一回)により認められる。)に照らし、にわかに信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。右事実によれば、原告は、正当な理由がないのに被告の取引先であるビバシューズに金員を要求し、これを収受したことになる。

(三)  証人日向寺龍児(第一、二回)及び同大山昭の各証言によれば、原告が被告の取引先である三栄シューズと高瀬に対してもメーカーを紹介するともちかけ、暗に金員を要求したことが認められ、右認定に反する原告本人の供述(第一、二回)は、その内容が曖昧であるなどにわかに信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

5  同3の(五)について

(一)  証人大山昭の証言及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告が昭和六二年七月ころ被告の総務部長大山に対し、被告を辞めて自分で商売をしたい、いい物件がないかと話したことが認められる。

(二)  原告が被告の社員金田を引き抜いた旨の証人大山昭の供述は推測によるものであって、直ちに採用することはできず、他に原告が右金田の退職を唆したことを認めるに足りる証拠はない。

(三)  原告が被告の社員四、五人に退職の勧誘をしたとの被告の主張に沿う証人大山昭の供述は、推測によるものであってにわかに採用し難く、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

6  証人大山昭の証言、原告本人尋問の結果(第一回)及び弁論の全趣旨によれば、原告が同3の(六)のようなことを述べたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

7  前記認定のとおり、原告は、被告の商品部長という要職にありながら、昭和五五年に被告の業種と同種の靴小売店ぺぺを経営し、被告の取引先から商品を仕入れたのであって、右行為は、これにより被告に実害が生じたことを認めるに足りる証拠はないが、原、被告間の信頼関係を損なう背信的行為であると認めるのが相当であり、被告の就業規則三九条五号、一二号により、他企業に就職した場合に準ずる程度の不都合な行為に該当すると認められる。また、前記認定の原告の正当な理由のない金員の要求、収受は、同規則三九条九号に該当するものと認めるのが相当である。

原告は、ぺぺの経営につき、被告が以前不問に付することとした旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

前記認定の被告が本件解雇当時認識していたその他の事由は、その内容、態様、程度等に照らすと、前記認定の懲戒解雇事由に該当するものということはできない。

三  再抗弁(解雇権の濫用)について

前記認定のとおり、原告のぺぺの経営、取引先等への金員の要求、収受は、被告の就業規則に定める懲戒解雇事由に該当するのであるが、右行為はいずれも本件解雇から数年以上も前のものであるところ、証人大山昭及び同日向寺龍児(第一回)の各証言によれば、被告にこれが判明したのが本件解雇直前であることが認められ、また、原告は、自ら靴小売店を経営し、その後被告の取引先であるビバシューズに金員を要求してこれを収受している(原告は、その後にも、他の取引先に対し暗に金員を要求している)のであるから、原告の右行為の内容や地位をも併せ考えると、右行為の後数年経過していたとしても、なお原告を懲戒解雇することが社会通念上不合理であるということはできない。また、原告が商品部長という重要な地位にあったこと及び原告のなした前記行為の内容に照らすと、原告が本件解雇までに懲戒処分を受けたことがなく、本件解雇がなされ、また、仮に他に懲戒解雇となった者がいないとしても、本件解雇はやむを得ないものであり、右事情をもって本件解雇が解雇権を濫用したものと認めることはできない。

原告は、本件解雇の真の目的が被告代表者の子を商品部長にすることにあったと主張し、原告本人(第一回)も同旨の供述をする。しかし、右懲戒解雇理由となる原告の行為の内容、原告の被告における地位が高いこと、被告に原告の行為が判明した時期が本件解雇の直前であること等に照すと、原告を懲戒解雇した真の目的が被告代表者の子を原告の後任者にすることにあったものと認めることはできず、右原告本人の供述は採用することができない。

なお、原告は、本件解雇にあたり、解雇理由の説明がなく、原告の弁明の機会がなかった旨主張するが、原告本人尋問の結果(第二回)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件解雇に際し、被告側から解雇理由の説明を受け、弁明の機会を与えられたことが認められるから、右主張は理由がない。

以上によれば、本件解雇が解雇権を濫用したものであって、無効であるとの原告の再抗弁はいずれも理由がない。

四  以上の次第で、本件解雇は有効であり、原告は、昭和六二年七月三〇日付けで被告の従業員としての地位を失ったものであるから、労働契約上の地位の確認及び賃金の支払を求める原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹内民生)

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